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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)885号 判決

控訴人 武山繊維株式会社

右訴訟代理人弁護士 中坊公平

右訴訟復代理人弁護士 谷沢忠彦

被控訴人 福田勝夫

右訴訟代理人弁護士 小山昇

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、当事者間に争いのない事実

控訴会社から訴外会社への本件綿布の引渡し行為が売買取引に当るか、被控訴人ないし訴外会社が控訴会社から売買名義で綿布を詐取した行為に当るかは別として、控訴会社が訴外会社に交付した綿布の代金額が四四七万二、八〇四円相当であって、訴外会社は控訴会社に対しみぎ代金相当額を今日まで未払の状態にあることは当事者間に争いがない。

二、不法行為の成否について

(一)  確定故意による不法行為すなわち取込み詐欺の成否について控訴会社は、被控訴人の経営する訴外会社には代金完済の資力がなく従って被控訴人としては代金完済の意思がないにもかかわらず、被控訴人が支払いの資力および意思があるように装って控訴会社を欺むき、金四四七万二、八〇四円相当の綿布を控訴会社に交付させて、これを詐取したと主張するのであるが、つぎに述べるように、控訴会社のみぎ主張を証明するに足りる証拠がなく、かえって、被控訴人の行為には犯意がなく、控訴会社の主張するよう詐欺には該当しないことが証拠により認められるので、控訴会社のみぎ主張を採用することはできない。

(1)  俗にいわゆる取込み詐欺(商人が代金完済の意思がないにもかかわらず、その意思があるように装って相手を欺むいて、代金後払いの約定で商品等の売買契約を締結し、相手から商品の交付を受けてこれを詐取する行為)は、買主(詐欺の当事者は正確には売主、買主ではないが、以下便宜上売主、買主と云う)が代金完済の意思がなくて取引をした場合には、たとえ買主に代金完済の資力があっても成立するし、たとえ買主に代金を支払う資力がない場合でも、それだけでは成立せず、これに加えて、代金完済の意思の欠缺と云う買主の主観的状態の存在を必要とする。

けだし、企業は負債が資産を超過する状態であっても、負債によって導入した資金を運転資金として操業を続け、一方において新負債により絶えず資金を導入しながら、他方において期限の到来した旧負債を順次返済して倒産を免れることができるのであって、このような俗に自転車操業と称する営業方法の場合にも、操業が継続している限り、倒産を免れ、利潤を増し、経営を立て直し、負債を皆済することも不可能ではないので、企業の負債が資産を超過する状況下において経営者が企業のためにその営業部門に属する商品を多量に買い入れたからと云って、企業の操業を継続する意思でこれを買入れたのである限り、みぎ買入れ行為は適法な営業行為であって、違法な行為と云うことはできないからである。さらに、経営者は、企業の営業成績が悪く客観的には倒産が避けられないとみられる場合にも、企業の将来の立ち直りに一るの希望がある限り、操業を継続して企業の立て直しに努力するのが普通であり、このような経営者の冒険行為や見切りの悪さも、企業の投機的性格や老舗への執着から或る程度まではやむを得ない事情として是認することができるから、客観的には企業の倒産必至の状況下においても、経営者が真実に操業を継続して企業を立て直す意思の下に行ったものである限り、新に債務を負担する行為といえども正当な業務行為であって、これを違法行為ということはできない。

以上の説明で明らかなように、取込み詐欺の成否を判断するに当っては、欺罔手段そのものの違法性から詐欺の成立が認められる場合や、買主の代金完済の意思の有無が容易且つ明瞭に判断できる特段の事由がある場合は別として、そうでない場合には、買主の代金完済の意思の有無は買主の操業継続の意思の有無をもって置き換えて観察判断するのが相当であり、且つみぎ方法による観察、判断で過誤はない。けだし、代金完済の意思の有無が抽象的主観的で捕捉し難いのに比較すると、操業継続の意思の有無はより具体的で、少なくとも、(1)経営者が商品買入れに先立って、企業や経営者個人の資産を隠匿したり、企業の損失において企業の重要な資産を自己または他人に移転したり、理由もなく採算を無視した商品の販売をしたり、企業の業務の状態や必要と比較して著しく多額の商品の買付けや借金をしたりする等、企業の倒産を見越した上での行動であると認められる行為をしたとき、或いは、(2)商品の買入れ後程なく、みぎと同様の商品買入れ時点において経営者が操業の継続の意思を放棄していたことを知ることができる行為をしたとき等には、客観的に商品の授受当時に買主に代金完済の意思がなかったことを判断することが容易であるし、且つ、前述したように、企業が債務超過の状態にある際に新に債務を負担する行為は、経営者に真実に操業を継続する意思がある限り、正当な業務行為で違法行為に当らないが、操業を継続する意思がないときには、別段の事由がない限り、代金完済の意思がないものと推定しても差支えがないからである。

(2)  本件の具体的な場合について、控訴会社から訴外会社に対して本件綿布の交付があった当時における訴外会社の資産状態、および、当時における訴外会社の操業を継続する被控訴人の意思の有無について判断するに、訴外会社が当時債務超過の状態にあったことは被控訴人の認めて争わないところであるが、当時被控訴人が近い将来に訴外会社の営業を廃止または中止する意思であったことや本件綿布の売買代金を完済する意思がなかったことは、つぎに述べるように、証拠上これを認めることができない。

すなわち、〈証拠〉には、控訴会社の主張に副う供述部分があるけれども、後記の認定事実やみぎ認定に用いた各証拠と比較すると、みぎ供述にかかる各事実は結局において控訴会社主張の被控訴人の代金完済の意思の欠缺を証明するに足りるものとし難く、そのほかに控訴会社のこの点に関する主張を証明するに足りる証拠はない。

かえって、〈証拠〉を総合すると、被控訴人は訴外会社の代表者で事実上もその業務全般を掌握していた者であって、本件綿布の買受けも被控訴人が訴外会社を代表して訴外会社のためにしたものであること、訴外会社は資本金一〇五万円の学生服、作業服の縫製、加工、販売を業とする会社で、訴外会社所有の機械、設備等(当時の時価二七五万円)、被控訴人所有の土地(当時の時価約四三〇万円)、工場(当時の時価約二三〇万円)を担保物件として、中国銀行、広島銀行、伊藤忠商事株式会社から債権の限度額合計約一、三〇〇万円の根抵当権の設定を受け、これによって融資を受けた金員を流動資本として、綿布ボタン等の卸売商等から代金後払いの約定で原料品を買入れ、これを加工したうえ他に利潤を得て販売する方法で営業し、年間約一億円の原料を買受けていたこと、訴外会社は控訴会社から、本件綿布の取引時の約一〇年位前(昭和二五年頃)から綿布原反を買い受けていたが、一時取引関係が中絶し、本件取引時の約三年前(昭和三二年頃)から伊藤忠商事を仲介者として取引を再開し、昭和三四年頃から直接取引をするようになったこと、訴外会社は控訴会社から昭和三四年一一月七日から昭和三五年三月三日までの間に二二回に亘り代金四七六万〇、六七一円相当の綿布を買受け、その代金支払いの方法として、訴外会社振出に係る二、三ケ月後に満期の到来する為替手形一五通を振り出して交付したが、そのうち最後に満期の到来する手形二通額面合計金五五万一、七一〇円(但し、控訴会社はみぎ手形二通を所持していない)を除く一三通は、いずれも満期が同年五月三〇日より以前に到来したので、滞りなく決済されたが、残りの二通はいずれも同月三一日以後に満期が到来するものであったので決済されなかったこと、ついで、訴外会社は控訴会社から同年三月一二日から同年五月一九日までの間に二六回に亘り代金四四七万二、八〇四円相当の綿布を買い受け、その代金の支払方法として控訴会社振出、訴外会社引受に係る二、三ケ月後に満期の到来する為替手形五通を交付したが、いずれも同年五月三一日以後に満期の到来するものであったので、一通も決済されなかったこと、訴外会社の営業成績は数年前から不良で、利潤率が低いことも原因して、売掛代金の未収や販売した商品の返品があると直ちにその分だけ欠損となり、借入金の利息もかさんで、次第に決算期毎の欠損が累積して、負債の増加の速度が早くなる傾向にあったこと、訴外会社は、昭和三四年六月一日から同年一〇月三一日までの半期間に三四六万四、九〇三円の欠損を出したが、それは他に販売した商品が返品され、季節物であったのでやむなく半額位で処分したことによる損害であったこと、同年一一月一日から昭和三五年五月三〇日までの間には取引先の倒産による売掛代金の未収や、下請負業者の縫製不良のため販売した商品の返品や、下請負業者の倒産等により金六九三万二、九二二円の欠損を出したこと、訴外会社は昭和三四年の五、六月頃からスポーツシャツの製造販売の専門家を新たに雇い入れ、新製品の販売により経営を立て直そうと計画し、控訴会社等から多量の綿布を仕入れて営業を拡張し、その面では売行きも良好で多少の利益もあったが、他面において、先に述べた欠損と折からの金融引締めのために、流動資金が欠乏し、昭和三五年五月下旬になって、被控訴人は訴外会社が同月三一日に満期の到来する手形の決済をすることができない状態にあることを知ったこと、そこで、被控訴人は、同月三〇日、訴外会社の主要な取引先で且つ債権者である伊藤忠商事株式会社外三会社の来訪を求め、訴外会社の立て直しについて善後策を協議して貰っていたところ、たまたま、その頃訴外会社の債権者の一人である大阪の藤原株式会社の出張員が訴外会社の倉庫係を欺いて綿布原反五〇反(いずれも訴外会社が控訴会社から買受けたもの)を訴外会社の倉庫から搬出して持ち帰ったので、前記債権者四会社はこのような状態では再建の見込みがないとして訴外会社の援助を打ち切り、訴外会社の全在庫品、預金、売掛代金債権の管理を始めたので、同月三一日以降に満期の到来する訴外会社引受に係る手形はすべて決済不能となり、訴外会社は事実上倒産したこと、訴外会社の倒産時における資産の状態は、在庫品四五〇万円相当(但し、倒産後売却して大部分は従業員の給料、退職金に当てられた)、売掛金債権百数十万円(但し、回収できたのは五万円)のみであったのに対して、負債としては、前記根抵当権の被担保債権以外に約三、〇〇〇万円あったことを認めることができる。

(3)  以上認定の事実関係によると、被控訴人は控訴会社に対して、詐欺行為であることが明らかとなるような欺罔手段を施したわけではないし、また、代金完済の意思なく本件綿布を買い受けたことが明らかな場合でもなく、かえって、被控訴人は昭和三五年五月三〇日前記主要な取引先四会社が訴外会社の援助を打ち切り同会社の資産営業の管理を開始するまで、訴外会社の倒産を全く予期しておらず、同会社の経営状態を立て直すために熱心に努力していたのであって、その操業を停止する意思は全くなかったから、仮に当時客観的には訴外会社の倒産が時間の問題とみられる状態であったとしても、被控訴人が訴外会社の操業を継続するために控訴会社から本件綿布を買い受けた行為は、正当な業務行為に当り、違法性がないので、これを詐欺ないし不法行為と云うことはできない。

(二)  未必の故意による詐欺の成否について

企業の代金の支払能力が確実でないのに確実である旨詐ったり、たとえ代金の一部にせよその完済ができないことを知りながら完済できるかのように装ったりして、他人を欺むき、売買名義で他人から財物を詐取するのは、詐欺の確定的な犯意がある場合に当るが、このような詐欺の確定的犯意を欠く場合には、商人間の代金後払いを約定した売買では買主が後日代金支払能力を失うこともあり得ることであるから、買主に買受け当時代金完済の意思があった限り、その当時完済についての不安を抱いていたとしても、同買受け行為は適法行為で、未必の故意がある詐欺行為と云うことはできない。そうすると未必の故意による取込み詐欺に当る事例は本来存在しない筋合である。控訴人のこの点の主張は主張自体失当であって採用できない。

(三)  過失による違法行為の成否について

控訴会社は、被控訴人は過失により訴外会社を倒産に至らせ、よって訴外会社の控訴会社に対する本件綿布の代金債務の支払いを不能にして控訴会社に対して損害を被むらせたから、被控訴人のみぎ行為は不法行為に当ると主張する。しかしながら、企業の経営者が経営上の知識の欠缺ないし技術の拙劣や、営業方針ないし業務の運営の過誤のために企業が倒産するに至ったとしても、みぎ経営者の業務行為に経営者としての法律上の義務に違反する点がない以上、適法な業務行為が理由なく違法行為となるはずはないから、経営者の不適当な業務行為はそれが不適当であったと云うだけの理由では過失による違法行為にはならない。本件の場合についても、控訴会社は、被控訴人は訴外会社の倒産を防止する適当な措置をとるべき義務があるのにその措置をとらなかったと抽象的に主張するだけで、被控訴人が具体的にどのような業務行為をする法律上の義務や、してはならない法律上の義務があるのに、不注意によってこれに違反するどのような行為をしたかについて主張をしていないばかりでなく、控訴会社の提出援用に係る全証拠によっても、被控訴人が訴外会社の業務を執行した行為にこのような法律上の義務に違反するものがあったことが証明されないから、控訴会社の本項の主張も排斥を免れない。

三、結論

以上のように、被控訴人が訴外会社から本件綿布を買い受けた行為が不法行為に該当しない以上、みぎ行為が不法行為に当ることを前提とする控訴会社の被控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべく、みぎ当裁判所の判断と同旨の原判決は相当で、本件控訴は棄却を免れないから、民訴法三八四条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)

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